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名古屋地方裁判所岡崎支部 平成11年(わ)721号 判決 2000年5月15日

主文

被告人を懲役五年以上一〇年以下に処する。

未決勾留日数のうち一五〇日を刑に算入する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、少年であるが

第一  平成一〇年一○月二二日午後七時ころ、愛知県西尾市小島町大郷<番地略>の西尾市総合体育館駐輪場において、A所有の軽快自転車一台(時価約一万円相当)を窃取した。

第二  平成一一年一月二〇日午後三時ころ、西尾市道光寺町天王下<番地略>の西尾スターボール駐輪場において、B所有の軽快自転車一台(時価約一〇〇〇円相当)を窃取した。

第三  同年四月一日午後六時四五分ころ、碧南市向陽町<番地略>の愛知県立○○高校南側歩道上において、通行中のCの後方から自転車に乗って接近し、Cが右手に持っていたC所有又は管理の現金六万二一〇四円、手提げバッグ等二〇点(時価合計約四万三一○○円相当)をひったくって窃取した。

第四  平成一〇年一二月二二日午前四時三〇分ころ、西尾市小島町大郷<番地略>の愛知県立△△高校校舎第三棟一階窓ガラスを石を投げつけて割って校舎内に侵入し、椅子等で校舎の窓ガラス一六枚(損害額合計約一五万三〇〇〇円相当)を叩き割り、同校校長Dが管理する器物を損壊した。

第五  平成一一年三月五日午前四時五分ころ、前記△△高校校舎第二棟昇降口窓ガラスを石等で叩き割って校舎内に侵入し、モップ式ホウキで校舎等の教室の窓ガラス六三枚(損害額合計約四一万六六〇〇円相当)を叩き割り、同校校長Dが管理する器物を損壊した。

第六  同年八月九日午前八時二七分ころ、西尾市中原町東田<番地略>先の路上において、E(当時一六歳)に対し、殺意をもって、左胸と背中をペティーナイフ(刃体の長さ約12.15センチメートル)で各一回突き刺し、同日午前九時二八分ころ、西尾市熊味町上泡原<番地略>の西尾市民病院において、Eを左胸部刺創による肺動脈損傷に起因する失血により死亡させて殺害した。

第七  第六の犯行直後ころ、西尾市志籠谷町幾路<番地略>先の路上において、F(当時一六歳)に対し、約二〇分間にわたり、「お前が人質になれ」等と怒鳴り、襟首を右手で掴み、前記ペティーナイフを左胸と頸部等に突き付け、西尾市志籠谷町切戸<番地略>先の矢作古川北横断歩道橋まで連行するなどしてFを不法に逮捕した。

(証拠)<省略>

(法令の適用)

罰条

第一から第三の行為 刑法二三五条

第四、第五のうち

建造物侵入の点刑法一三〇条前段

器物損壊の点 刑法二六一条

第六の行為 刑法一九九条

第七の行為 刑法二二〇条前段

科刑上一罪の処理(第四、第五)

刑法五四条一項後段、一〇条(犯情の重い各器物損壊罪の刑で処断)

刑種の選択

第四、第五の罪 懲役刑

第六の罪 有期懲役刑

併合罪の処理

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条、一四条(最も重い殺人罪の刑に加重)宣告刑の決定

少年法五二条一項、二項

未決勾留日数の算入 刑法二一条

訴訟費用の不負担

刑訴法一八一条一項ただし書

(争点に対する判断)

弁護人は、被告人は分裂病型人格障害であって、認知障害及び妄想様観念に支配されていたもので、第六、第七の犯行時、心神耗弱であったと主張する。

医師高岡健作成の鑑定書によれば、被告人は、対人関係上の障害(孤立感、過剰な不安)、奇妙さ(話題とは無関係な含み笑い)、認知上の問題(関係念慮や被疑者が生きているのではないかとの妄想様観念等)の特徴からみて、分裂病型人格障害であるとされている。しかし、同鑑定書によれば、分裂病型人格障害は、内因性精神疾患とは異なり、人格の障害であるから、原則として弁識制御能力に影響を及ぼすことはなく、認知上の問題、すなわち、関係念慮や妄想様観念が事件に直接結びついた場合には例外的に影響を及ぼすことがあり得るとし、本件の場合には例外的に影響を及ぼすような問題点は認められず、弁識制御能力は欠如していないとしている。そして、被告人は、長期間にわたって殺意を抱き、自分に対する処罰まで予想の上、計画的に第六、第七の犯行に及んでいること、被害者を殺害しようとした動機は、恨みを抱いた被害者を殺害等する重大犯罪を行って強い自分になろうとしたというものであってそれなりに了解可能であること、犯行直後反省の態度がなかったことについてもその動機からすれば了解不可能とはいえないこと、長期間にわたってほとんど一人で自宅の離れで生活していたことから自閉的傾向が見受けられるが、内心では友人を求めていたこと、犯行前後の行動にも弁識制御能力に疑いを抱かせるような異常な点は特に認められず、記憶も明確で、供述も理路整然としていること、被害者の友人に襲われるとの被告人の恐れも著しく非合理なものではなく、訂正可能であること等の事実に照らせば、前記鑑定の結果は十分合理的なものと評価できる。名古屋少年鑑別所長作成の鑑別結果通知書中で検査医も同様の診断をしている。

そうすると、第六、第七の犯行当時、被告人が是非善悪を弁別し、これに従って行動する能力を著しく欠いていたものでないことが明らかであるから、弁護人の主張は採用できない。

(量刑理由)

一  犯行の経緯

被告人は、中学一年生当時、同級生であったE(以下「被害者」という)に好意を抱いたが、言い出せないまま経過した。そして、被告人は、小学生時代から友人が少なく、孤立しがちであったが、中学三年生になって、神戸の小学生殺人事件を知り、すごい悪いことをやって、マスコミを騒がせたとして、犯人に尊敬の念を抱くとともに、人と無理して合わせる必要はないなどと考え、対人関係により消極的となった。また、そのころ、神戸の事件をまねて悪い自分を「猛末期頽死」などと呼ぶようになった。中学三年生の平成九年一〇月になって初めて被害者に交際を申し入れたが断られ、その後被害者が交際している男友達と一緒に歩いているのを目撃して大きなショックを受けた。そして、次第に被害者を憎悪するようになり、自分の気持ちを思い知らせてやろうと考え、性的嫌がらせの手紙を被害者の下駄箱に入れるなどした。そのため、被害者の友人から厳しく注意されたが、自分が悪いことができる強い人間であるとして、止めようとは考えず、かえって被害者の後を付けたり、嫌がらせの電話をかけるなどした。被告人は、被害者と同じ高校に入学後、友人ができなかったことから、友人が多い被害者に憎悪を募らせ、殺害することを考え始めた。被告人は、殺害の気持ちを友人に打ち明け、友人に諌められたが、考えを改めなかった。その後被告人は高校にほとんど通学せず、一人で離れのプレハブに住んでパソコンやテレビゲームをしたり、アダルトビデオを見るなどして過ごし、少年の殺人事件等凶悪な犯罪に関する新聞記事を切り抜いて収集するなどしていた。

被告人は、平成一〇年七月に高校を退学した後、続けていた新聞配達の仕事も辞めたが、離れで一人で生活する自分に比べ、楽しそうにしている高校生一般に怒りを感じた。また、被害者が男友達と一緒にいるのを見て、被害者に対する恨みを募らせ、被害者を拉致して犯し、あるいは拉致できなかったらその場で殺害し、他の女性を犯そうなどと考えるに至った。そして、すぐには自分の考えを実行することができないため、少しずつ悪いことや犯罪を重ねて、犯行を実行できる強い自分になろうと考え、第一から第五の自転車窃盗や通学していた高校のガラスの破壊、通行人からのひったくり窃盗等の犯行に及んだ。被告人は、少年の場合一八歳未満であれば死刑にはならないこと、成人よりも刑が軽くなることなどの知識があり、被害者を殺害すればどのくらいの処罰を受けるかを予想するなどした。そして、被害者殺害等の決意を強め、携帯の容易な凶器としてペティーナイフを二本購入し、実行の機会を窺っていた。そして、被害者の夏休み中の登校日を調べて犯行を実行することとし、犯行当日、家から出た被害者を追跡し、被害者を拉致しようとしたが、ナイフを一本奪われるなどして拉致できなかったことから、計画にしたがって第六、第七の殺人等の犯行に及んだ。

二  特に考慮した事情

各犯行の動機は、好意を寄せた同級生の被害者に交際を断られ、自らは高校を退学し、孤独な生活を送っていたのに、被害者が楽しそうに高校生活を送っていたことを恨んだことなどによるものであるが、身勝手な動機であって、特に酌量すべき事情はない。被告人は、重大犯罪を犯す度胸を付けるためと称して第一から第五までの窃盗や器物損壊の犯行を意図的に行った後、計画どおり第六、第七の殺人等の凶悪な犯行に及んだ。事前に登校日を調べ、ナイフを二本用意して待ち伏せるなど周到な準備もしている。殺害の方法も、一本のナイフを奪われるや、もう一本のナイフで胸部をナイフの根元まで突き刺した後、背中を再び刺すなど、残酷である。犯行の前後を通じ、被告人は、生命の尊さ、被害を受ける被害者や家族に対する思いやりの気持ちに欠けており、自己中心的で、情感に乏しい。被害者の女性は、当時一六歳で、何の落ち度もないのに、春秋に富む人生を無残にも断たれた。その無念さは計り知れず、結果は極めて重大である。死亡した被害者の両親は、愛情を注いで養育し、将来を楽しみにしていた娘を突然失い、悲嘆に暮れている。被害者につきまとった上、計画的に殺害した被告人に対する遺族の処罰感情も、当然ながら極めて厳しい。また、第七の犯行では、被告人は、殺害現場に居合わせた女子高校生をナイフで脅し、首筋や背中にナイフを当てて、強い恐怖感を与えている。その他、各犯行の被害者に対し被害弁償もなされておらず、慰謝等の措置も十分でないこと、犯行が社会一般に与えた衝撃、不安も大きいことなども考慮すると、被告人の刑事責任は重大というほかない。

他方、被告人は長期間にわたって身柄拘束を受け、家族も転居せざるを得なくなったことなどから、犯罪を行って強い人間になろうとした考えが誤りであり、自分の身勝手な感情から、多くの人に迷惑をかけ申し訳ないと反省の言葉を述べている。殺害した被害者や遺族に対し謝罪の態度も示している。犯行に見られる被告人の自己中心的で、情感に乏しい人格が形成されるについては、夫婦げんかが絶えず、母親に暴力を振るう父親や、精神的に安定しない母親の存在など家庭環境の影響も大きいと考えられる。また、両親とも、被告人が長期間にわたって自室で殺人等凶悪な犯罪記事を収集したり、犯罪に関する妄想を日記に詳細に記載していることに気付かず、被告人が犯行に及ぶのを阻止できなかった。さらに、被告人には特段の犯罪歴、保護処分歴はなく、現在一八歳の少年であり、人格も未熟で、快楽殺人や多重人格には当たらず、残虐な犯罪妄想も現実化されていない部分も多いこと、現在では長期間の刑を受けることの深刻さに直面し苦慮している様子も窺えることなどからみて、いまだ矯正教育による改善の余地は残されていると考えられる。

以上の事情を総合考慮し、被告人に対しては有期懲役刑を選択するが、少年に対し長期三年以上の有期懲役刑で処断すべき場合には、少年法五二条一項により不定期刑によることとされているので、事案の重大性、悪質性等に照らし、同条二項により長期、短期ともに最も重い主文の刑に処することとした。

(なお、医師高岡健作成の鑑定書によれば、被告人は分裂病型人格障害であり、一般に治療は容易とはいえないが、不安感のない対人関係、緩和安定剤・抗うつ剤・向精神薬の少量投与、具体的現実的問題を取り上げての歪曲された認知の修正、教育的な対応等が有効とされており、医療の関与に乏しい矯正教育はかえって被告人の問題を悪化させるおそれのあること、また、施設内教育を終えた後の処遇についても、家庭に問題のあることから、適当な社会内処遇や医療の継続の提供の必要性が指摘されている。家庭裁判所調査官作成の少年調査票、名古屋少年鑑別所長作成の鑑別結果通知書等においても、精神医学的治療ないし心理療法等の重要性の指摘がなされている。さらに、仮出獄の時期については、事案の重大性や被告人の問題性、遺族の処罰感情等からみて、相当長期間の施設収容が相当であり、矯正の効果を慎重に見極めた後になされるべきと考えられる。これらについて、矯正当局の十分な配慮が望まれる。)

(裁判長裁判官・安江勤、裁判官・岩井隆義、裁判官・田中一隆)

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